Vガンダム「クロノクル・アシャー」

クロノクルは素直で真面目、その上に努力家だ。持ち前の優等生的器用さで、何でもそつなくこなしてしまう。だが社会が混乱すると、その煽りを真っ先に受けるのが、こういった優等生タイプではないだろうか。バラバラの指示が飛んできたり、対立する複数の価値観を目にすると、彼は混乱し、引き裂かれてしまう。

ザンスカールには、この優等生を上手く導ける大人がいなかった。最初の上司だったファラ・グリフォンは、その強引さで部下の反発を買っていた上、逆にクロノクルに助けられてしまうような人間だ。だが、クロノクルとファラの間に信頼関係が生まれた、と思った瞬間、彼女は更迭されてしまう。二人目の上司であるタシロもクロノクルの信頼を勝ち得ず、やはり、ファラと同じようにカガチによって粛清される。最後に師事したピピニーデンだが、彼は全く話にならない卑劣な男だった。とどめは「地球クリーン作戦」の中止だろう。「いったい全体、本国の連中は何を考えているんだ?!」。自分が全力を注いだ作戦が、何の前触れもなく無意味な行為と化してしまった、その屈辱と無力感。

それでもクロノクルはその場その場で自分に与えられた役割を果たしてゆく。生真面目な彼はそうすることしか知らなかったのだ。

その結果、彼はザンスカールの軍人、女王の弟、優しいお兄さん、ウッソのライバル、シャクティの叔父、そしてカテジナの男といった、多くの、しかも互いに矛盾する複数の立場に立たされてしまう。シャアのように自分勝手な男であればよかったのかもしれない。しかし、生真面目な彼は、どの役割も等しく引き受けてしまった。いや、指示(支配)されることに慣れ切った人間にはありがちだが、やりたいことなんて特に無い男だったからこうなったのかもしれない。

結局、彼はカテジナに煽られた後に「とってつけたような野望」を抱き、その結果ウッソに、いや、世の中というものに敗れてゆく。「貴様に何が分かる!女王マリアの弟にされ、カガチなどとも戦わなければならなくなった、この私の苦しみが!」

 

Vガンダム 50話「憎しみが呼ぶ対決」

「クロノクルは私に優しかったんだ!」

家庭、故郷、リガ・ミリティア。何処にも居場所のないカテジナにとって、ザンスカールとクロノクルだけが「巣」であり、それさえ手に入れられれば彼女は何処にいたってよかったのだ。しかし、その場所すらシャクティという「お姫様」に蹂躙されしまった。そう、いつも大切にされるのはシャクティ(とウッソ)なのだ。

カテジナには「人生に意味や目的が欲しい。価値あることがしたい」という想いがあった。だから、彼女は「革命」や「(王子様との)恋愛」に走ったのだ。それは同時に「特別でありたい、人とは違った存在でありたい」という欲求に簡単に結びつく。「その他大勢」としての人生には意味がないからだ。

彼女がウッソやシャクティを嫌っていたのも納得だろう。何故なら、ウッソたちこそ、才能がありながらも「その他大勢の人生」を生きて行ける「スペシャル」な存在だからだ。歴史の中に埋もれてゆくことを平然と受け入れられるウッソやシャクティが、彼女は憎かったのだ。しかも皮肉なことに、そんなウッソやシャクティこそが「ヒーロー」と「お姫様」で、いっぽうの彼女は、何処まで行っても、ただの「お嬢さん」止まりなのだ。

Vガンダム 49話「天使の輪の上で」

タシロはカガチに反旗を翻すという、野心家らしい行動には出るものの、軍事力はファラに頼っているし、戦後の統治は女王マリアに任せるという。視聴者は「じゃあ、お前自身は一体何をやるんだ」と突っ込みたくなる。そのくせ彼は女達に対して支配的に振舞っているのだから性質が悪い。しかしVガン世界の女達は、こういった女性に対する支配と依存を繰り返す男達の存在をなんとなく許しており、そんな彼らの尻拭いのために死んでゆく。

そんな中、たった一人、弱い男達の姿に苛立っているのがカテジナだ。露骨にクロノクルの尻を引っぱたき始めたことから分かるように、彼女は男の子が女性に対して抱く「幻想」に対して徹底的に冷淡で、絶対に男を甘やかさない。

そして、この49話でとうとう彼女は、ウッソが自分に押し付けてきた甘ったるい「少女幻想」を完全破壊するための暴挙に出る。ネネカ隊特攻。それは「生身の、少年を傷つける女たち」を特攻させ、ウッソに彼女達を殺害するように無理矢理仕向ける作戦である。ネネカ隊を全滅させたウッソは、カテジナへの憎しみから、初めて彼女を殺そうとする。カテジナにとっては、これがショックだったらしい。「幻を振り切り、私のことまで振り切ったか…」。カテジナは寂しく、自嘲気味に笑う。本当の私の姿なんて、誰も愛さない、と。

ちなみに、このエピソードにショックを受けたと言われているのが、「エヴァンゲリオン」の監督、庵野秀明だ。「強くて優しい美少女に甘えるな」とウッソを罵倒するカテジナの姿は、その2年後に「惣流・アスカ・ラングレー」として復活することになる。