カテジナ日記

Vガンダムと富野由悠季作品

Vガンダム クロノクル・アシャー

クロノクルは素直で真面目、その上に努力家だ。その持ち前の優等生的器用さで、とりあえず何でもそつなくこなしてしまう。だが社会が混乱すると、その煽りを真っ先に受けるのが、こういった優等生タイプではないだろうか。指示がバラバラの方向から飛んできたり、対立する複数の価値観の間に立たされると彼は混乱し、引き裂かれてしまう。

 

だが、ザンスカールにはこの優等生を上手く導ける大人がいなかった。最初の上司であるファラは、その強引な手法で部下の反発を買っていた上、逆にピンチに陥ったところをクロノクルに助けられてしまうような人間だ。だが、そのことでやっとクロノクルとファラの間に信頼関係が生まれた、と思った瞬間、ファラは更迭されてしまう。二人目の上司であるタシロもクロノクルの信頼を勝ち得ず、やはり、ファラと同じようにカガチによってギロチンにかけらる。最後に師事したピピニーデンだが、彼は全く話にならない卑劣な男だった。信頼できない上司や先輩達に囲まれた上、命令も二転三転する…。とどめは、地球クリーン作戦の中止だろう。自分が全力を注いだ作戦が、何の前触れもなく無意味な行為と化してしまった、その屈辱と無力感。「いったい全体、本国の連中は何を考えているんだ?!」

 

しかし、それでもクロノクルは生真面目にその場その場で自分に与えられた役割を果たしてゆく。たぶん、そうすることしか彼は知らなかったのだ。その結果、彼はザンスカールの軍人、女王の弟、優しいお兄さん、ウッソのライバル、シャクティの叔父、そしてカテジナの男といった、多くの、しかも互いに矛盾する複数の立場に立たされてしまった。彼がかつてのシャアのように自分勝手な男だったり、もう少しいい加減な性格だであれば、どれか一つに絞って他は放り出す、ということもをしたかもしれないが、生真面目な彼は、どの役割も等しく引き受けて頑張ってしまったのだ。いや、指示(支配)されることに慣れ切った人間にはありがちだが、やりたいこと(主体的な欲望)なんて特に無い男だったからこうなったのかもしれない。

 

結局、彼はカテジナに煽られた後に「とってつけたような野望」を抱き、その結果ウッソに、いや、世の中というものに翻弄され敗れてゆく。「貴様に何が分かる!女王マリアの弟にされ、カガチなどとも戦わなければならなくなった、この私の苦しみが!」。このクロノクルの叫びは、バブル崩壊以降の社会で、言われるとおりに一生懸命勉強してきたけど、全然幸せになれなかったじゃないか!、という元優等生の叫び(逆ギレ)にも聞こえなくもない。

Vガンダム 50話 憎しみが呼ぶ対決

「クロノクルは私に優しかったんだ!」家庭、ヴーィッグ、リガ・ミリティア。何処にも居場所のないカテジナにとって、ザンスカールとクロノクルだけが巣であり、それさえ手に入れられれば彼女は何処にいたってよかったのだ。しかし、その巣すらシャクティという「お姫様」に蹂躙されしまった。そう、いつも大切にされるのはシャクティ(とウッソ)なのだ。ここでカテジナが自分の限界を認めることができればよかったのかもしれないが、自意識過剰の彼女にそれは無理だったのだろう。

 

カテジナには「人生に意味や目的が欲しい。価値あることがしたい」という想いがあった。だから、彼女は「革命」や「(王子様との)恋愛」に走ったのだ。そして、それは同時に「特別でありたい、人とは違った存在でありたい」という欲求に簡単に結びつく。「その他大勢」として生きる人生には意味がない(と、彼女は考えた)からだ。今まで散々、カテジナは自意識過剰だ、と言って来たのはそういう意味だ。ならば、彼女がウッソやシャクティを嫌っていたのも納得だろう。何故なら、ウッソこそ、然したる疑問も持たずに、365日畑仕事をやって満足しながら生きていける「スペシャル」な存在だからだ。世界の隅っこで、その他大勢の人間として生き、歴史の中に埋もれてゆくことを平然と受け入れられるウッソやシャクティが、彼女は憎かったのだ。しかも皮肉なことに、普通であることを望み続けたウッソやシャクティこそが「ヒーロー」と「お姫様」で、彼女は、何処まで行っても「ただのお嬢さん」なのだ。

Vガンダム 49話 天使の輪の上で

Vガンダムに登場する男達は徹底的に情けない。たとえばタシロ・ヴァゴ。彼はカガチに反旗を翻す、という男らしいというか、野心家らしい行動には出るものの、軍事力はファラに頼っているし、戦後の統治は女王マリアに任せるという。視聴者は「じゃあ、お前自身は一体何をやるんだ」と突っ込みたくなる。そのくせ彼は女達に対して支配的に振舞っているのだから性質が悪い。だが、Vガン世界の女達は、こういう女性に対する支配と依存を繰り返しながらも、一人立ちできない甘えた男達の存在をなんとなく許しており、そんな彼らの尻拭いのために戦場で死んでゆく。

 

しかし、そんな中たった一人、弱い男達の姿に苛立っているのがカテジナだ。終盤になってカテジナが露骨にクロノクルの尻を引っぱたき始めたことから分かるように、彼女は男の子が女性に対して抱く「幻想」に対して徹底的に冷淡で、絶対に男を甘やかさない。そして、この49話でとうとう彼女は、ウッソが自分に押し付けてきた甘ったるい「少女幻想」を完全破壊するための暴挙に出る。ネネカ隊特攻だ。それは「半裸の綺麗なお姉さん」をVガンダムに特攻させ、ウッソに彼女達を殺害するように無理矢理仕向ける作戦である。彼女がウッソに見せつけたいのは、まさしく「生身の女の姿」であり、それは「少年を傷つける女」の存在だ。このネネカ隊をウッソは全滅させ、自分をそこまで追い込んだカテジナへの憎しみから、初めて彼女を殺そうとする。意外も、カテジナにとっては、これがショックだったらしい。「幻(少女幻想)を振り切り、私のことまで振り切ったか…」カテジナは寂しく、自嘲気味に笑う。本当の私の姿なんて、誰も愛さない、と。

 

ちなみに、このエピソードにショックを受けたと思われるのが、当時流行していた「セーラームーン」にはまっていたであろう庵野秀明だ。「自分を全肯定してくれる、強くて優しい美少女に甘えるな」とウッソを罵倒するカテジナの姿は、その2年後にエヴァ劇中で「惣流・アスカ・ラングレー」として復活することになる。