AV-98 イングラム(父の力)

リアリティーの問題を離れた場合でも、篠原遊馬はイングラムに搭乗することができない。何故か?それはおそらく、遊馬がイングラム、すなわち「父の力」を否定しているからだ。

 

この彼の父親への否定的な感情は、直接的には彼の兄の死(自殺?)に関係がある。そしてそれ故に遊馬はイングラムに乗れない(乗らない) 。なぜなら、彼はそんな父の作った力の正当性を信じられないからだ。

しかし何故、作者は父一馬をそのように 否定的に描いたのか。その理由を一言でいえば、恐らく作者自身が、企業や警察といった父権的なもの一般を信じていないからだろう。それは遊馬の、父を避けるために、落ちこぼれの道を選ぶ態度からも透けて見える。また同じ理由から、作者は後藤喜一を父権的な男性としては描かなかった。

 

繰り返しになるが、イングラムというのは二重の意味で父の力だ。それは遊馬の父 が作ったロボットであると同時に、国家権力という父権が国民(息子たち)に与える力でもある。だが遊馬も作者も(おそらくは読者も)1980年代という時代においては、そのような力の正当性を無邪気に信じることができなかったに違いない。