泉野明はRight Staffだったのか?(パトレイバーの正義)

この物語の結末は泉野明のイングラムが、バドのグリフォンを倒すというものだ。その意味は、特車二課 第二小隊が企画七課を倒したということに留まらず、部下を育てる後藤喜一に、誰も育てなかった内海が敗れたということでもある。

そしてこの結果、特車二課第二小隊の「Light StaffからRight Staffへの成長」が達成される。ここで付け加えておくなら、これは作者の80年代的感性 への断罪でもあるだろう。

当初「Light」であった第二小隊は「Right」になり、その代わりに「Light」でありつづけた内海は、その80年代的価値観とともに死んでゆく。

 

だが、ここではその成長の具体的な中身を見ていきたい。本当に第二小隊、特に泉野明はRight Staffになったのだろうか。

野明が特車二課に志願した動機はレイバー、特に「イングラムが好きだ」というものだ。それは後藤が指摘するように「運転手さん」になりたい願望でもある。実際、劇中でも野明はイングラムパイロットとして熟練してゆく。

だが、この物語はロボットものでもあると同時に、(サラリーマンとしての)警察ものである。必然的に正義の問題を抱え込まざるを得ない。泉野明が立派な運転手さんになりました、では済まないのである。なぜなら彼女が運転しているのは、バスや電車ではない。イングラム、すなわち「正義のロボット」なのだ。

 

そういう訳で物語後半における、野明と遊馬の「立派な大人」をめぐる会話を見てみよう。遊馬の大人像については次の機会に譲ることにして、ここでは野明の理想の大人像に注目したい。彼女が理想の大人としてあげるのは次の3名だ。

・父親

後藤喜一

・杉浦先生

3名中2名が「学校の先生」である(コミックス版の後藤の役割は高校の教師やサークルの顧問に近い)。後藤を尊敬するという彼女の口ぶりからすると、おそらく杉浦先生も、比較的温厚だったのだろう。推測するに国語か社会科あたりの教師であったのではないだろうか。残り1名は野明自身の父親だが、これは先生ではないものの、やはり温厚そうな男性であることが劇中の描写から伺える(別の言い方をすると、彼女にとっての理想の大人は、いかにもな警察官タイプではない、ということだ)。そして、これが物語後半の、彼女のバドへの「保護」と「説教」に繋がる。

・君のやってることは間違ってるよ

・おしおきだからね

コミックス版後半の泉野明は、警察官というよりも学校の先生として振舞っている。また、これによって劇中における泉野明の属性はロボット大好き娘から、運転手さんプラス学校の先生、に変化している。

 

彼女がこの物語の中で身につけたのは「職業倫理」と「学校の先生レベルの道徳観」だ。そういう意味では、確かに彼女の成長は達成されている。

だがしかし、それは前述の正義の問題 、警察官としての特殊な職業倫理とは若干ずれているようにも感じられる。つまり、コミックス版パトレイバーにおいては大きな正義の問題が、ある意味で棚上げされていると言えないだろうか。

 

そしてだからこそ、西脇冴子は自らの犯罪の記憶を失い、内海の裁きは警察ではなく、SSSのジェイクが下すことになったのだろう。その意味においては、作者は大きな正義を描き切ることが出来なかったのかもしれない。