イングラムは赤ちゃんロボット(泉野明はお母さん)

「お母さん頑張るからね」

これは1巻において泉野明が、イングラムのセットアップを行うときの台詞だ。ここで作者は、物語のテーマを設定している。そう、イングラムは「父の力」であると同時に、よちよち歩きの「赤ちゃんロボット」だったのだ。

この観点から見ると、コミックス版パトレイバーとは、この赤ちゃんロボットが、泉野明と共に、小さな正義に育つまでの物語でもある。そして、だからこそイングラムパイロットは男性ではなく女性、つまり遊馬ではなく野明だったのだ。

 

ちなみに、太田の2号機を育てるのは、実質的には熊耳である。太田は育児が苦手な、子持ちのバツイチ男くらいに思っておけばいいだろう。となると、熊耳は義母というか、姑的なポジションになるのだが、野明の寮に押し掛けて色々アドバイスを押し付けてくるあたり、確かにそんな雰囲気はある……のかもしれない。また、第一小隊の隊長が「南雲」なのも、空挺レイバー部隊のリーダーが「不破」であることも、この「ロボットを育てる母親」の延長線上にあるだろう。

 

一方、そのイングラムのライバル、グリフォンはそうではない。それは、バドがプレイしていたシューティングゲームのように、残機があるかぎり、次から次へと乗り捨てられるゲームの駒にすぎない(また、黒崎からすれば、バドもまたゲームの駒に過ぎなかった)。この意味において、企画七課というのは、確かに最初から最後まで、自分たちの仕事=ゲームの開発をやってはいたのだ。

だが、最終的にこのグリフォンは、野明(学校の先生になりたい)が育てたイングラムに「お仕置き」されてしまう。構図としては、正義の執行というよりは、ゲーム中毒の少年に対する先生の教育的指導である。しかし前述のとおり、バドにとってグリフォンの敗北は単なる残機ゼロ=ゲームオーバーにすぎず、従って彼にその説教が届くことはない。

 

さて、ここでもう1人の主人公であったはずの、ロボットに乗れない少年、遊馬は何をやっているのか。それは野明のサポートだ。育児を手伝うイクメンの走りと言ってもいいかもしれない。父と決別した後の彼は、ある意味で、野明の自己実現に自分の自己実現を託している。だが、それ故に野明が自分から離れそうになる(自立しそうになる)と、動揺してしまう。

この問題について作者は、野明が遊馬から離れないという選択をすることで、最終的には物語の破たんを回避している(押井守の「P2」では、2人のやや異なる選択が描かれている)。