カテジナ日記

Vガンダムと富野由悠季作品

ガンダムF91のネガティブ感

前回、どこか後ろ向きな、過去を振り返るようなイメージがガンダムF91にはある、と書いたわけだが、それはいったいどのあたりなのか。 

今、ざっと思いつく限りのことを挙げてみると、たとえばそれは

  • ファーストガンダムのオープニングを、ほぼそのまま踏襲したような、導入部の演出
  • どことなく昔の…アムロ・レイ以前のロボットアニメの主人公的な雰囲気をもつ主人公シーブックや、いかにも悪者然とした鉄仮面ことカロッゾ・ロナの、テレビまんが的なルックス
  • ロナ家が採用する中世(実際は近世)ヨーロッパ的なビジュアルイメージ

といったところだ。 

またスタッフに目を移せば、それは

  • 大河原邦夫や安彦義和といったファーストに携わった伝説的なメンバーの起用

である。

 

もちろんF91のコンセプトは原点回帰だったのだから、先にあげた理由は当然全て計算づくでのことだったはずだ。

 

では、しかし、なぜ原点回帰だったのか。
たしかに、それまでの宇宙世紀シリーズが行き詰まりつつあったこと確かだと思う。
宇宙世紀を覆い尽くす膨大すぎる設定は,自由なストーリやドラマを一から作る余地を富野から奪いつつあった。

 

しかし、それだけなら時間を飛躍させて物語をリセットすればよいだけであって、大河原や安彦といったオリジナルスタッフを集める必要はなかったはずだし、いちいちファーストを意識させるような演出を、そこかしこに仕掛ける必要もなかったように思う。

 

富野が原点回帰した本当の理由。
それはもしかすると当時の時代状況、そう、1991年にあったんじゃないだろうか?