カテジナ日記

Vガンダムと富野由悠季作品

ザビ家とロナ家

ガンダムF91ファーストガンダムに似たところがある、と書いたわけだが、やはり物語のレベルでもこの2作品はよく似ていると思う。
とりわけロナ家の掲げるタテマエが、地球圏からの独立であるという点に至っては、ファーストガンダムとなんの変りもない。

 

しかし,そこまで同じならF91の作品としての存在意義はなんなのだろう?

 

それは、F91とファーストの似ている個所ではなく、異なっている個所を見れば分かるのかもしれない。
たとえば一年戦争当時のジオン・ダイクンすなわちザビ家の権威の源泉は何だったろうか?
それは、おそらく彼らが、正しい未来、を知っていたからだろう。
正しい未来に向かって歩め、そしてニュータイプに覚醒せよ。
それが彼らの主張だったはずだ。

 

では、ロナ家は?
彼らが人々に動員をかける際の主義主張はなんなのか?
それは一言でいうなら、正しい歴史だと思う。

 

ザビ家の主張が、未来の歴史を生きんとする我々こそが正義だ、ならば、ロナ家の主張は「過去の歴史の上に生きている我々こそが正義だ」だろう。
一年戦争が、未来から仕掛けられた戦争だとすれば,クロスボーン・バンガードの乱は、過去から仕掛けられた戦争だと言えるのかもしれない。