カテジナ日記

Vガンダムと富野由悠季作品

Vガンダム カテジナとウッソ

「あなまたが此処までこなければ、こうはならなかった」。カテジナのこの台詞はメチャクチャ言ってるのだが、彼女からすれば自分を追い込んだのはウッソなのだ。ウッソは天才パイロットで、リガミリティアのヒーローだ。また、その素直な性格から誰にでも愛され、何処へ行っても、すぐにその場に溶け込んむことができる。これはカテジナと正反対の性質だ。当初、リガ・ミリティアに溶け込もうとしたカテジナだが、残念ながら彼女にウッソ程の才能はなかったし、逆に頭でっかちが災いして人間関係を損なってしまう。カテジナがクロノクルについて行ったのは、クロノクルがいい男だったのはもちろんだが、あの時すでに自分の居場所がリガ・ミリティアに無いと判断したからだ。

 

しかし、一方でカテジナはウッソの才能に引かれていた節がある。もしあの時カテジナがウッソを手に入れることが出来ていたら、彼女の人生はもっと異なったものになっていたかもしれない。だが、カテジナはウッソが自分だけの男(父親代わり)にはならない、と判断したのだろう。ウッソは幼すぎるし、カテジナに対して一方的に(彼女の嫌いな)お嬢様のイメージを押し付けてくる。また周囲の女性に気が散りやすく、カテジナだけを見てはくれない。さらに鬱陶しいことに、いつもシャクティがバッチリ監視している。


これは「逆襲のシャア」におけるクェス・パラヤと同じだ。クェスはアムロが自分の男(父親)にならないと判断したから、シャアの許に走ったのだ。カテジナにとって、ウッソというのは昔振った男だ。にも関わらず、その男は、必死で捕まえたはずの今の男(クロノクル)より、明らかにハイスペックなのだ。その上、ウッソはカテジナザンスカールに居るのは間違っているという。このように努力して手に入れた今の自分(含む男)を、悪気も無く直感と才能であっさり否定してくるのがウッソなのだ。カテジナがウッソに苛立つのも仕方がないだろう。