カテジナ日記

Vガンダムと富野由悠季作品

Vガンダム 13話 ジブラルタル空域

この13話では、ディスコミュニケーションが元で状況が誰にとっても悪化してしまうという、富野的作劇法の基本が見て取れる。

 

リガ・ミリティアは事前連絡もなく、政治的に中立のPCST(宇宙引越し公社)の飛行場を使用し、さらにはマスドライバーの使用を要請する。いくら余裕がなかったとはいえ、少々ゴリ押しが過ぎるだろう。それにことのことが、ザンスカールを刺激してしまう。PCSTはPCSTで頑なに政治的中立を守ろうとし、リガ・ミリティアザンスカールの要求を拒み続ける。また、ここで彼らはザンスカールが進軍してきているという事実をリガ・ミリティアに公式に連絡せず、またその逆もやろうとしない。双方に対してあくまでシラを切りとおすつもりなのだ。結果としてこの態度が事態をさらにややこしくしてしまう。その上、ザンスカールはリガ・ミリティアとPCSTが結託していると勝手に確信し、PCST側からの弁明に耳を貸そうとしない。そして、これらのディスコミュニケーションが、互いの判断ミスと誤解を招き、結果、誰も予想もしていなければ望んでもいなかった、最悪の状況を生んでしまう。だが、翻弄されるのは彼ら自身なのだ。因果応報としか言いようがない。このように富野作品ではコミュニケーションの断絶から来る組織や人間関係の歪みが悲劇を生むという展開がよく見られる。

 

ところで、1990年代、コミュニケーションの困難さを扱った作品としてエヴァンゲリオンが有名になったが、この作品の登場人物はコミュニケーションの困難さを、それでもきちんと認識している。くらべて、富野作品における登場人物はディスコミュニケーションに気づいていないか、そもそもコミュニケーションの必要性すら感じていないことが多く、正直かなりタチが悪い。どちらがリアルでシビアかと問われれば、個人的には後者だと思う。人間関係を築くことの必要性と困難さを互いに認識している時点で、コミュニケーションの半分がすでに成立しているからだ。